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素敵な言葉たち 「志縁」

2011年11月28日(月)   


今日は、「志縁」という言葉を見つけたので、紹介します。


だれが言い出したのか、正確にはわかりません。
定義も実はよくわかりません。

支援むすびさんHP(URLはこちら)によると『「志縁」とは、コミュニティビジネスのさまざまな場面において、サポートすることもされることも固定的な役割ではなく、めぐりめぐっていくという意味』だそうです。

また、『「志縁者」とは、地域の人・文化・自然などあらゆる地域の資源を、未来まで豊かにたたえ循環させる、そのつなぎ目を担う人のこと』と定義しています。

なんか、いいですね。志縁者になりたいですね。

一般的には、志縁団体とは「ボランティア団体・NPO法人・スポーツクラブなど、特定の目的で集まった組織」を言うようです。


私がいいな、って思ったポイントを、ささやまファン倶楽部と絡めて以下に書きます。

農村には地縁組織、血縁組織があります。

地縁とは、「住む土地に基づく縁故関係(デジタル広辞苑)」です。集落という限られた空間の中に住む人の人間関係といえるでしょう。地縁組織という場合、自治会、婦人会、青年会、子ども会、町内会なんかを私は思い浮かべます。

血縁とは、「血すじをひく親族。血族。(デジタル広辞苑)」です。親戚ですね。田舎に行くと、同じ苗字の人がすごく多いですよね。私たちが関わっている真南条も小林さんと酒井さんばっかりです。「本家のかずお君」、「かずお君のせがれのたくや君」なんて言い方をする時は、血縁っぽいですよね。
血縁組織という場合、家単位、一族単位の集まりなんかを私は思い浮かべます。
真南条には、「株」という、同じ小林姓の人の集まりがあって、年に何回か集まって山の祠?の掃除をするそうです。こんなのも血縁組織っていえるでしょう。

ささやまファン倶楽部のメンバーは、今のところ全員都会人です。

地縁・血縁で結びついた、真南条の組織の1人にはなれません。

でも、志縁でならきっと繋がれると思うのです。

真南条をもっとこうしたい、真南条でこんなことをしてみたい、あんなこともできるんじゃないか。

趣味でもなんでもいい。
今やってるような「里山を再生しよう。子どもの遊び場、桜の名所にしよう」っていう志。
「養蜂しよう。生物多様性維持にも貢献できるし、蜂蜜取れて、加工品にもできるよ」って志。
「東屋作ろう。展望台になるし、遠くからでもよくわかる。引退した大工さんに技術を教えてもらおう」って志。
「喫茶しよう。おばちゃん達に集まって、よもや話をしてほしい。おばちゃん達のストレス発散、情報交換の場所を作ろう」って志

地・でも血でもなく、志に共感・共鳴した時、学生同士・学生と住民が一緒になってやれるんじゃないでしょうか。



ちなみに、ここで見つけました。(←ここをクリック:NPO里山ねっとの綾部里山交流大学「"志縁"による価値創出が時代を変える」というテーマより)



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素敵な言葉たち 「バッタリー村憲章」

2011年11月10日(木)   

2002年から二十四節気の日にNPO法人 里山ねっと・あやべ@京都・綾部さんが配信している、
「里山的生活メールニュース」
~ほんとうの21世紀の生き方、暮らし方をもとめて~
VOL.230/2011.11.08/立冬
に、素敵な文章があったので、転載させていただきます。


+-------------------------------------------------------------+


古今東西の先人のことばには、21世紀の生き方、暮らし方の
ヒントがあります。持続可能で多様性にあふれる新世紀のみんなの
知恵にしたく、紹介してまいります。


■21■ 未来をひらく 里山系のことばたち(230)「誇り」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
バッタリー村憲章

この村は与えられた自然立地を生かし
この地に住むことに誇りを持ち
ひとり一芸何かをつくり
都会の後を追い求めず
独自の生活文化を伝統の中から創造し
集落の共同と和の精神で
生活を高めようとする村である。

※岩手県にある山形村
(通称バッタリー村。現・久慈市)が
5戸18人(半分以上が65歳以上)になったとき
村の目標(バッタリー村憲章)を昭和60年に定めたもの。

(「地域を元気にする地元学~現場からの報告」
NPO法人日本エコツーリズムセンター編、発行)

学生が地域に関わる意味

関です。ご無沙汰です。

10月28日の意見交換会を受けて、かんがえたことをツラツラと書きました。

長くなったので、事務局長日記のほうへ回します。


===============

「学生はいったい地域にとってどういう存在だろうか?(どういう存在でありたいのか?)」



これも、考えつづける価値のある問いだと思います。

住民の方の意見をお聞きしていて、ふっと思いついたのが、

「学生は住民の方たちの懐に入って爆発する小型爆弾だ」というものです。

学生という立場は、懐に入れてもらいやすい。

若さと熱意で何かと許してもらえる。度が過ぎるともちろんいけないが、この立ち場は他にない、有効なものに違いありません。

大学の教授だったら、地域の人は構えてしまう。何か教えて「くれる」ものだと思う。
学生はある程度「勉強できる奴」くらいの認識だけど、実際作業させてみるとてんで駄目だから、ついつい教えて「あげちゃう」。
私たちからすると、教えて「もらえちゃう」

これってすごいことです。構えずに、向こうから寄ってきてもらえる。
教えて「くれる」だろうっていう下心とかからではなく、なんかがんばってるし、付き合って「やろう」って思ってもらえる。

学生の立場は懐に入れてもらいやすいとはそういうことです。

そうして、懐に入った学生はどうするか?

その若さと無知さで住民の方の「当たり前」を壊しにかかる。

私は住民の方から「え、お前たち、そんなことも知らんのか」を引き出せたとき、すごくうれしい。
「当たり前」だと思っていたことが、価値のあるものだって気づいてもらえる一歩手前だから。

「○○っていいですよね。」

「え、そうなんですか、すごい!」

これも、よく使うフレーズです。狙って言っているのではなく、純粋に驚くからそう言葉にします。

住民の方からは
「そんなに驚いてもらえるとはな~」
「そんなに喜んでもらえるとはな~、たいしたもんじゃないんだけど。」
こんな言葉が返ってきます。

「たいしたもんじゃない」と思っていたものが、学生の目を通してみると、「すごく」て「目新しい」。
よく、ヨソモノ・若者・ばか者といわれますが、ヨソモノの視点で中の住民の人たちに、地域の資源を伝えられたとき、
それは何かが始まるスタートラインになりうると思うのです。

「せっかく桜を植えたのに、見に行く道もないんじゃもったいない」

そう言って始めたのが、ささやまファン倶楽部の活動でした。

私が話を持っていかなかったら、何も始まらなかったと思います。

地域の人にとって、そこに桜があるのは「当たり前」だし、それ以上に日常のやることに追われているから。

結果として、私が口にして、住民の人が乗ってくれて、今があります。

話を持っていって、すなわち懐でちょっと爆発してみて、よかったなぁと思います。


今回の意見交換で「住民の人は自信がないんです。きっかけになってください」という言葉をいただきました。

きっかけになり続けるためにも、「住民の方の懐に入ってちょっと爆発」していきたいと思います。

具体的には、「養蜂しませんか」「都市部で農産物販売させてもらえませんか」「一緒に学祭で、みなさんの美味しいコロッケ出してください」って話を持っていく。


何かが始まるかもしれないし、叩かれて終わるかもしれない。

でも、そうしたアイディアを持っていき続けることが大事だと思うのです。
それが、学生が地域に関わる意味だと思います。

感想文『日本人の品格』渡部昇一,2008

2011年10月1日(土)

家の書棚を整理してたら出てきて、読みだしちゃいました。
てへ 
もやもやするので、気持の熱いうちに書いちゃおう。

筆者の主張には8割がた賛成できない。
愛国主義者、男性に都合がよい書。

日本人=大和民族=大和言葉という考えが前提にあるようだ。
まず、この考えが気に入らない。
日本は多民族国家です。
在日朝鮮人も、沖縄人も、アイヌの人もいます。
日本人なんて言葉でひとくくりにするなっつーの。

「(前略)プライドを持つことがすなわち品格のある人間を形づくる核になる(後略)」
というのは、まだいい。

プライド、誇りを持つ、というのは賛成だ。

しかし、そこでプライドを持つ対象がなぜ「日本人」なのか。
「個人」と「国家」を文明やら大和言葉やら、四大節でいきなりつなごうとしてる。
中間層である、家族や地域がすっぽり抜けている。

誇りを持つ対象はいきなり「国家」ではなく、「家族」や「地域」であってもいいはずだ。

経済の世界では、資本は無家族を要求するという。必要なのは「労働者」という名の個人の
「商品」だ。経済にとっては家族は必要ない。

この本では、経済によって要求される「個人」をいきなり「国家」と結び付けて、
動かしやすい「人材」と言う名の「商品」を生み出そうとしているように感じる。

権力の名のもとに押し付けられそう。こんな本があるから、大阪府知事が教職員に「君が代」の起立斉唱を義務付けるとかいう馬鹿なことをするんだよ。「歌う」「歌わない」は自由意志でいいじゃん。押しつけ反対!

なんとなく劣等感があって、自信のない人、西洋に負けてると感じる人は、この本で救われたかもしれない。
筆者はこの本の中で、西洋と日本人の比較を行って、いかに「日本人」というものが優れているが論じようとしている。
しかし、私には、近代史における都合のいいところだけ取り上げて、横暴に比較しているように思えてならない。


筆者は日本神話の伊邪那岐命・伊邪那美命という男女の神引き合いに出し、「本物の男女共同参画のようなことをすでに神話の中で行っているのです。こうした歴史に立ち返れば少なくとも日本においてジェンダー・フリーなどとことさらに主張する必要がないことはお分かりいただけるかと思います」と言っています。
ふざけんな。女から声かけたら出来そこないのものしかできず、男から声かけると子どもが生まれた。
順序って大事なのねって言ってる段階で男尊女卑入ってるだろ。

解釈の問題ですが。そもそも、現在できてないって思う人がいるから「男女共同参画」やらの分野での取り組みが今もある訳で、「日本ではジェンダーフリーなどとことさらに主張する必要がない」などと言うために、現在の状況を見ずに神話を引き合いに出してくる所がナンセンスだと思う。


思わず腹が立ったので書いてしまいました。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

祝!1周年

2011年9月28日(水)

今日で、ささやまファン倶楽部は1周年を迎えました!

おめでたい!

さっき、後輩の1年生が教えてくれて気づきました。笑
ありがとう!
後でつぶやいてくれるはず^^


去年の今日、新歓と称してメンバーと初めて真南条に行ったんですね。
なつかしいなー。


1年続いた。

まだ1年。されど1年。

すごいなぁ。

先日の合宿の交流会でも言ったけど、

一緒にやってくれるメンバーがいて、

声をかけたら集まってくださる地元の方がいて、

いろいろな方のお世話になって、活動ができていること、

本当にありがたいと思っています。

今後ともささやまファン倶楽部をどうぞよろしくお願いします。

プロフィール

sasayamafc

Author:sasayamafc
兵庫県篠山市の農村に継続して関わる学生サークルです。神戸大学農学部の農業・農村プロジェクト演習をきっかけに、農村の疲弊感や高齢化の現実を肌で感じ、なんとかしたい、篠山を盛り上げていこう!と学生有志で結成。主な活動内容は、篠山市真南条上集落の由利山の整備。5年後の桜の名所を目指して、回遊路を設置中。その他、農村の負担にならない、都市農村交流の在り方を模索中。2010年9月、結成。ML登録メンバーは農学部生を中心に約20名(2011年6月現在)。

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