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鳥インフルエンザに関して

2011年1月25日(火)

今朝のニュースで、宮崎県でまた鳥インフルエンザの感染が確認されて、養鶏14万羽が殺処分されたと報道されていた。



被害にあった養鶏農家の方はさぞ大変だろう。私がそう思ったところで何かかわるわけじゃないけど、本当に気の毒だ。

それにしても、14万羽!!!

なんて数だろう。

被害が大きい、施設は新しいのに、養鶏農家も自衛してるのに、それでも発生するのか、と報じていた。

それはそれで、そうなんだけど、

根本的なこととして、これだけの被害になったのには、養鶏農家が大規模になったことがあると私は思う。

ニュースではその辺が報じられてなかった。報じてほしかった。

昔は、農家の庭先で飼っても数10羽だったはず。

それが、そうした零細経営では食べていけなくなって、小規模の商売がなりたたなくなった。
規模が大きくなっていった。

「卵は家計の優等生」なんていわれて、価格が安定して、安価で消費者側からはもてはやされているけど、
(最近は少しかわったらしいが)その裏番組で生産者側は、飼料の高騰で悲鳴をあげてた。

中規模もなりたたなくなって、でてきたのが、今回みたいな「養鶏工場」。

効率優先、大規模化することでコストをおさえ、私たちの食卓を支えてくれている。
反面、こうした事態になると、広がるのはやいし、おさえられない。
私も含めた、消費者のわがままの結果、なにも悪くない農家にしわ寄せがいっている。


地域内に、大規模養鶏場がまとまった場所に数か所ある今の状況と
昔ながらの小規模な農家が点々とある状況をくらべたら、

被害はここまで大きくならなかったのではないか。

私は、消費者のわがままでおこってきた大規模化に問題があると思う。

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卒業論文な日々②

2011年1月24日(月)

実は0じまわってるから、もう25日。

卒業論文の4分の3にあたる部分までの〆切が26日(水)。

水曜日は朝から出かけるから、心おきなくいくためには、25日中になんとか提出したいところ。

つまり今日。あと24時間。

こう書くとけっこうな切羽詰まり様だけど、このまま朝までなんか、とてもじゃないがやらん。

その分、今日けっこう頑張った。

昨日、7ページ書いて、今日は+6ページまでいった。

途中につまったけど、先輩のところへおしゃべりしにいったのがよかった。

論のめどがたった。

その帰りに、司書の先生に粕汁をごちそうになる。

夕御飯がういた。らっきー♪

めっちゃあったまりました!!

粕汁さいこー

あれ、シリアスで始まったのに、陽気に終わる感じだ。


卒業論文な日々?

2011年1月22日(土)

実は私は大学4回生だ。

この時期の大学4回生は、卒業論文で大忙しだ。

ためしに、その辺の大学4回生を捕まえて「論文どう?」って聞いてみたらいい。

しかめっつらかため息がかえってくるはずだ。

今日も今日とてかくいう私も机に向かう、といいたいところだが、そうはいかない。
ちょっと1ヶ月前からの予定があって朝から自転車ででかけたら、思いのほか薄着だったせいか、思いっきり冷えて、おなかが痛く、なんとか耐えて、帰ってからはコタツに直行。

終わったら学校に行こう(=家でなんか到底やる気が出ない)という計画は玉砕した。

残念、しかたがない、その分明日、と言い聞かせて、寝る。


2011年1月23日(日)

朝から、学校に行く!という野望は無謀だったが、学校に行く!というのは見事果した。

学校にさえいってしまえば、こちらのもの。

某せんせいが、かの有名な野球選手のイチローを引き合いに出し、「スイッチを入れる」と言ったように、
私の中では、一応研究室の机に座ると卒業論文をするというのが習慣になってきた。

そこに至るまでの、学校への道すがらも重要だ。

今、どこが足りないか、今日はここをやるぞとか、ここまでやったら後は楽だ、自分ガンバとある程度の道筋が立てられる。

道筋が立っているから、そこから考えなくても、学校についたら、もうやるだけの状態になっている。
(なっていないときは、そこからやるか、やる気がでないで集中できない、本に逃げる)

今日は、うまいこと考えがまとまって、学校にたどり着き、昼ごはん前にここまで、と決めてやり、ご飯後ちょっとさぼて、先輩が来て、人がいると緊張感が増すためか、その後はサボらず、けっこう進んだ。

夕ご飯を過ぎると、調子がでてきて、むしろここまでやりたいと今度は止まらなくなり、つい夜更かししてしまう。

暗い学校の校舎は不気味だ。そろそろ帰ろう。

使える!『徒然草』より

2011年1月20日(木)の分

題はPHP新書、齋藤孝さんの本。

「声に出して読みたい日本語」の人です。専攻は身体論、コミュニケーション論。

けっこう、古典は好きだ。百人一首も好きだ。

使える!ってけっこう上からだなあと思って、手に取った。

迷ったら、目次とはじめにを読むことにしている。

はじめにより引用

~~~~~~~~~~~~~~~~^
 兼好が山里に入った時に、木の葉に埋もれている風情ある家を見た。そのとき、兼好は一瞬、この家に住む人を思い、「こういう生き方もできるのだな」と感心した。
 だが、たわわに実っている蜜柑の大木の周りに、蜜柑がとれないように厳重に囲いがしてあるのを見て、「せっかく風情のあるいい家なのに、この木がなかったらなぁと思った」(「かくてもあられけるよとあはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、枝もたわわになりたるが、まはりをきびしく囲ひたりしこそ、少しことさめて、この木なからましかばと覚えしか」)という。
 ここで兼好は、何気ない瞬間にふとわき上がってきた感情という心のエネルギーを、見事に文章にとどめている。兼好はそうした瞬間を、1枚のスケッチのように書きとどめる。そのことを日々実践していた。
 現代に生きる私たちは、どうしても現実に流され、「幸・不幸」「成功・失敗」「勝ち・負け」といったことにとらわれ、自分の一瞬の心のエネルギーの流れに鈍感になりがちである。だが、「瞬間の心のエネルギーの流れ」を大切にする習慣を身につけると、現実的、功利的な固定概念から解放されて、自分の心の中にエネルギーが流れる尾を生き生きと感じることができるようになるのではないか。
 それが、人生を豊かに、新鮮なものにしてくれるはずである。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

引用終わり

「何気ない瞬間にふとわき上がってきた感情と言う心のエネルギー」なんと素敵な言い回しか。
私たちは、いろいろとらわれて、「心のエネルギーの流れに鈍感になりがちである」という指摘にも納得した。

これで思いだしたことがある。

最近は、1日を、ここに何をかこうか、探しながら過ごすのだが、ある日、書こうと思って書かなかったことだ。

その日は、いい天気で、青い空をながめれば、前の日の嫌なできごとが、軽く感じられてきた。

次の瞬間には、おうちに帰ると、あると思っていた冷凍ご飯がなくて、残念な気分になった。

それから、学校にでかけると、いつも通る道なのに、いつもと違うことが起こった。

狭い住宅街の間の上り坂で、宅急便のトラックが道幅いっぱいにいた。

それ自体は、いらっとすることなんだけど、運転手のお兄さんが、急いで乗ってくれて、私が道路の端によると、
素敵な笑顔で、丁寧に会釈と手を振ってくれた。

口にはでてなかったけど、「ありがとう」って気持ちがすごい伝わってきて、今度は嫌な気持ちが、一転、とてもすがすがしくなった。

人の気持ちはこうも、ころころ変わるものかと面白くなったものだ。

兼好さんのエピソードとちょっと似てないだろうか。兼好さんみたいに、一般的に使える法則まで、私は導き出せないけど、「ちょっとした心の動き」は私も大事にしたいと思う。

齋藤さんの文章を読んで、また、あの宅急便のお兄さんの笑顔を思いだして、幸せな気持ちになれた。

ドンチキ女子会

2011年1月19日(水)の分

女子会って2010年の流行語大賞に入ったんだってね。

流行追っかけとか、あんまり好きじゃないけど、あえて使ってみる。

中身はそうだし。

ドンチキは、神戸大学の学生チンドン屋で、大学に入ってから続けてきたから、もうすぐ4年間になる。

4年付き合った、ドンチキの友達は、やっぱり気心しれてて、少し特別だ。

一応、大学4年生ってことで、来年からは別れ別れになる。

1人は就職で、東京へ。

もう1人も就職で、尼崎。

1人は進学で、京都へ。

そして、私も進学で神戸に残る。

みんな旅立ち、私は残って、みんなが帰ってくるのを待っている立場になる。

すこし、さびしい。

大学の最後に、ということで、3ヶ月くらい前から話してた、卒業旅行を話し合った。

今日はそのために、何日も前から日程合わせて集まった。

お店はいきつけの「ピザハウスF」。ちんどんの練習した後、よく来たものだ。

芸名もここで決まった。おばちゃんもよく知ってる。必ず頼むメニューがある。

そんなメニューの1つ、ホウレンソウサラダを頼んで、カクテルで少し気持ちよくなる。

日程と、交通手段とがいったん決まった。後はその日程をなんとか死守だ。

行先は、ババ臭いといわれつつ、満場一致だった城之崎温泉。

カニ食べて、卓球してと夢は膨らむ。

その後は、八幡神社で厄除け祭りやってたから、みんなでお出かけ。

おみくじとか、みんなで引くと楽しい。

初詣でひいたおみくじは「失せ物:低いところにありて出ず」だったが、今度は「高いところを見よ、出る」だった。
見事な矛盾に一体どっちだとつっこんだ。

あとちょっとしか一緒にいられない、さみしい気持ちと、
みんなでいられる楽しい気持ちが混ざった気持ちがした日だった。

若手就農者に朗報

2011年1月18日(火)の分


1月14日の新聞記事の話。

日本経済新聞と、日本農業新聞で両面とも1面だった。

中身は違うんだけど。

学校にメモったの忘れちゃったから、詳しくはまた、加筆します。

いい日、いい日、そしてあの日

2011年1月15日(土)

いい日だった。

真南条の公民館で、初めての試みとして行われた、組全体でのとんと焼き。

公民館の前には、テントが2張り。

その前には、U字型のコンクリート製の長い筒みたいなのが並べられて、そこに網がかけられて、餅が並び、いい焦げ茶色がついている。

私たちがしたこと、それは、食べて、歌うこと。

よく食べ、よく笑い、よく歌った。

よく盛り上がって、私も大満足させてもらった。

詳しくは活動報告にて。






2011年1月16日(土)

いい日だった。

昨日とはまた違うメンバーで、2日連続の真南条。

視界は一変して白。

雪がつもっていたのだ。

スノータイヤで、雪道運転に慣れている、社会人の方の運転でよかった。

私たちだけでは少し、こころもとない。

新雪にお約束通りに足跡を付けて遊んだ後、雪が舞う中の作業。

新兵器、木槌の導入と、みんあの働きのおかげで、だいぶ進んだ。

この分では、本当に4月の完成にこぎつけられそうだ。

楽しみだ。






2011年1月17日(月)

今日は、特別な日だ。少なくとも、神戸に住む人間にとって、また、1995年のあの日、神戸に関わった人間にとっては。

私は、当時神戸にはいなかったけれど、神戸に住んでいる限り、その話はよく聞く。

午前5時46分。阪神淡路大震災だ。

数字で語られる震災は、

死者:6,434名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名
死者の内訳は、兵庫県内6,402名(99.5%)・兵庫県外(大阪府、京都府など)32名(0.5%)
負傷者のうち重傷者は県内10,494名(98.2%)・県外189名 (1.8%)
軽傷者:県内29,598名(89.4%)・県外3,511名(10.6%)
死者の県内県外の比率から見て県内の負傷者数は混乱の中、正確には数えることができなかったと推定される。
避難人数 : 30万名以上
住家被害 : 全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計249,180棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟
火災被害 : 住家全焼6,148棟、全焼損(非住家・住家共)合計7,483棟、罹災世帯9,017世帯
その他被害 : 道路10,069箇所、橋梁320箇所、河川430箇所、崖崩れ378箇所
被害総額 : 約10兆円規模

Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%AA%E7%A5%9E%E3%83%BB%E6%B7%A1%E8%B7%AF%E5%A4%A7%E9%9C%87%E7%81%BD

これだけでも十分被害の大きさは判る。
それ以上に聞く、被災者の体験談は、いつ聞いても生々しい。

大学1年の時、復興住宅のお茶会で、被災した体験を持つ、高齢者の方と知り合った。
被災者っていうから特別だと思ってたけど、そうでもなく、娘や孫の自慢話、戦時中の苦労話、それに交じって出てくる、1つの体験だった。
それでも、私への衝撃はすごかった。

ぽつぽつと語られるそれ。今でも、1.17が近付くと思いだすこと。
震災は終わらないんだと強く感じた。

復興住宅が抽選で、なかなかあたらなかったこと。まえいたところは、エレベーターがなく、3階の部屋まで買い物の想い袋を提げて痛い膝を叱咤しながら登ったこと。

震災直後に、まだ新しかった冷蔵庫を倒壊した家から持ち出そうとしたら、盗まれていたこと。
「震災直後はひどい話がいっぱいあった。」

大学2年の時。大学のサークルの先輩の話。 生き埋めになったこと。友人が助けに来てくれたこと。

農学部の生協を「緊急事態だ」と近隣の人に提供して、そこの商品も提供したこと。

農学部の実験用のゴキブリが逃げだしたこと。
卒業論文のデータが取れる状態ではなく、免除になったこと。

大学3年の時。近所のお宮の行事にいっって時間まで、その辺りにいた、知らないおばちゃんと話してた時。
旦那さんは、透析が必要な体で、透析しないと死んでしまうから、交通機関がマヒした中、3日ごとに2時間かけて、病院まで通ったこと。

当時大学生だった娘さんを亡くした、お父さんの「いのちの授業」。

大学4年。卒業論文で関わっている、里山オーナー制度のオーナーさんの1人が、自営業で、機械が全部つべれてしまったこと。こりゃだめだ、好きなことしたろうと、オーナーを始めたこと。

数字では語られない、それぞれの震災があって、あの時180度生活が変わって、人生も変わっただろう。

2011年の今、当時の寒空の下、着の身着のまま、履くものもろくにない状態で、家から飛び出した人を想う。

火に囲まれた恐怖を想う。

突然箪笥が降ってきた痛みを想う。

知り合いが当然いなくなるショックを想う。

突然、震災障害者になり、今も障害と共に生きる人を想う。

そして、6434人の人生が、夢が、そこで途絶えてしまったことをここで、悼む。

明日、とんと焼き

2011年1月14日(金)

明日はいよいよとんと焼きだ。

参加者は8人。うち、初参加の京都府大の3人がいる。

彼とは、昨年の夏に、長野県で行われた、農学部大学生交流会(名前うるおぼえでゴメンナサイ)であった。

信州大学の学生が多い中で、同じ関西圏ということもあり、また、間伐のサークルをしているということで、

当時立ち上げ中だった、ささやまファン倶楽部にお誘いしたのだ。

彼は彼で、もっとサークルを盛り上げたいと考えており、演習林が間伐されつくされたこともあり、新しい土地を探していた。

仲間を2人誘うということで、きっと、うちの活動をうけて、やる気を鼓舞する感じなんだろう。

ご期待に添えるかわからないけど、神戸大学の学生だけじゃなくて、他大学との交流があるのはうれしい。

いつだか調べたら、里山関係の大学生のサークルは結構あった。

そういうサークルの交流会してもおもしろいかもしれない。

それこそ、4月に私が感動して、ささやまファン倶楽部設立を決心した、農業系サークル交流会みたいに。

若い、同じ志ある仲間といるのは、ものすごく心地がよいことだ。

ささやまファン倶楽部は、志ってほどに、みんながみんなまだ共有してるわけじゃない。

それは組織として、あまりよくない状態だろう。
空中分解しちゃうし。

事あるごとに、志みたいなものを持てるような、声かけなり、私の想いを話す機会なりをつくっていこうと思う。

明日も、そのひとつにするぞ!

あー楽しみだ♪

すばらしきかな

2011年1月13日(木)

おどろいた。

あけた口はそのまま笑みの形になる。

もし、音が出たなら「ハハ」と乾いたものになっただろう。苦さを含んだ・・

下手な芸人より、よっぽど楽しませてもらった。

どう育ったら、あんな人間に育つんだろうと純粋にぎもんに思う。

彼は・・・高校生だ。

新しい境地であった。

よくあそこまで物おじしないものだ。

普通、大学生5人、そのみちで活動歴の長い大人が3人、しかも電話でしかしらない、はじめての場所で
あそこまでよくしゃべったものだ。

そりゃ、印象に残るだろう。

末は佐用町公務員らしい。

ある意味頼もしい。


彼の話で帰りの電車は話題に尽きなかった。


とてもでないが、まねできない。いっそすがすがしいし、とげの含んだ突っ込みによくぞあそこまで気づかないものだ。

5つしかかわらないのであるが、「若さってこういうことをいうのか」と。
いい意味でも悪い意味でも怖いもの知らず。

相手の懐を借りてるのに気付かないというかなんというか。

彼が挫折を経験したらどういう風になるのだろう?気になる。

昨今の、おとなしいといわれる成人式に比べたら、ある意味では日本の未来は明るいといってもいいかもしれない。

写真印刷した

2011年1月12日(水)

15日のとんと焼きにむけて、準備。

とんと焼きは、地元の人に私たちの活動を知ってもらうチャンス。

今のところ、うちらは実際なにしてるかわからん人らだから、発信していかんとあかん。

優秀なカメラマンが2,3名いるので、写真には事欠かない。

やっぱり、口で言うより、絵があった方がわかりやすいから、ただいま印刷中。

こういうときに、印刷代(特にインク!)かかるけど、神戸大学にはボランティア支援室ってとこがあって、紙代だけでいけるんだ。
事務所とかない、学生団体には本当にありがたい。

「なつかしいな」と一人にやける。

NEXCO西日本で地域連携事業

2011年1月11日(火)

西日本高速道路(NEXCO西日本)が本格的な地域連携事業に乗り出すらしい。

「サービスエリアやパーキングエリアなどの施設の活用や、様々な技術・ノウハウをネットワークでつなぎ、新たな価値を提供することで、社会的な課題解決のサポートによる地域再生、お客様のサービスの向上、高速道路会社としての持続発展をめざしている。(日本経済新聞,2011/01/11)」

目に留まったのは、「事業創造アイデア募集!!」とでかでかと載ってたから。

「つながる、変わる、夢ひろげる」をテーマに何でもよくて、賞金最優秀賞で20万円だって。ヤッホウ。

「つながる」ってテーマがいいよね。私のテーマと一緒だね。
しかも、お金もらえるってのがいいね。
1時間くらいで書いて、5万もらえたら、自給5万じゃん。
貧乏学生にはうれしいとか思ってしまう。

アイデアとか、出して減るもんじゃないし、やってみようかな。

真南条の人にも教えてあげよう。

農林水産省近畿農政局と西日本高速道路サービス・ホールディングスが共同で開催した、「地産池消メニューコンテスト」で、グランプリは「丹波産野菜のあったかポトフ」だったらしい。

舞鶴自動車道の西紀サービスエリアで販売中。

いつも通る道やん!!と衝撃。

周りの人が、頑張ってるのみたら、真南条の人もなんか変わるかな?どうかな?

15日は定例ではないけど、真南条に行く。

公民館で、「とんと焼き」(お正月飾りを焼く)をするそうだ。

ピザ焼いたり、真南条で卒業論文したなかむらさんが、クワイ料理をしたりする。

うちらも手伝う。
ついでに、いままでやってきたこと、展示する機会にできることになっている。

その時、この新聞記事も貼り出しちゃおうかな。

お餅にまつわる話

2011年1月10日(月)

今日は成人の日だ。そして、鏡開きだ。

帰省先の我が家では、毎年餅をつく。

つくといっても、杵と臼ではなく、機械がついてくれるのだが。

12月30日はきまって餅つきだ。

だいたい3升くらいか。

1升づつ3回機械が頑張ってくれる。

1臼めは鏡餅とおからみ用のちっちゃくちぎった餅をとる。

私と弟が大学で家を出るまで、おばあちゃんちと併せて2つの鏡餅だったが、去年あたりからか、神戸のうちと弟の東京のうちの分も加わった。

4つのうち、1つが目の前にある。

去年は、部屋の暖房がきつかったせいか、カビルンルンがひどかった。

そこまでいってたら、母はきっと捨てるだろうけど、父がいつかカビの生えた鏡餅をもったないと言って、油で揚げて生姜醤油でおいしそうに食べていたのを思い出し、農学部の意地もあてって、たべてみることにした。

青やら、黄色やら、ふわふわやら、昔の地球は寒かったんだ、温暖化だな、と現実逃避しつつ、包丁でこそぎおとした。

もやしもんの漫画の世界観がわかった気がした。

けっきょく腹もこわさず、お餅も粗末にしないですんだ。

今年は部屋が寒かったのか、こたつ導入でエアコンを入れなかったせいか、カビルンルンの影響はほぼ皆無だった。

多めに作って冷凍しておいた豆乳鍋をあっためて、中にぶちこんで、ありがたく頂きました。





昔、父方の祖母と祖父が生きていたころは、それは賑やかについていた。

小学校のころだからあいまいにしか覚えていないけれど。

父の家は農家で、3男とその家族がみんな集まって、朝からやれセイロだ、とり水もってこいだのやってた。

いとこと遊んでばかりいたが、その年にとれたもち米が蒸しあがると、寄って行って、おこわでおにぎりにしてもらったものだ。

ひいおばあちゃんの手は大きくて、お父さんが「おにぎりが爆弾のようだった」というだけあって、餅にする前なのに、さあ食えと当然のように差し出してくれた。

縁側の小皿に置かれた塩をつけて、食べたそれは本当においしくて、今でも弟と、蒸したてのおこわはお母さんにぶーぶー言われながらつまんでいる。

おじいちゃんとおばあちゃんの息はぴったりで、子どもながらに感心していた。

長年連れ添った夫婦だからこそのリズムだと思う。

それを見ていたせいか、神戸に来て学生で餅つきをする機会があった時、水とりをさせてもらったら、見てたまわりのおじさんにほめられた。

まだまだあのリズムにはほど遠いが、いつか、そんな息で餅を一緒につける人ができたらいいと思う。

大掃除

2011年1月9日(日)    

もう、2011年だから大掃除ってころじゃないのは判ってる。

でも、あえて言いたい。

大掃除で必要な掃除の場所を。

それは、もちろんトイレや換気扇やなんやもそうなんだけど。

それ以上に必要だと思うのが、

①冷蔵庫の中身処分(これ、もうごめんなさいだねって瓶やらいろいろ)
②冷凍庫の中身処分(いつつくったかわからない、パンケーキやらごめんなさい)
③机の上から3番目の引き出し(とりあえず入れとけって紙がいっぱい⇒いるものいらんもの仕訳。昔のテストやらもろもろ)
④パソコンのデータの整理

特に④!

写真のデータ重すぎ。

うちのパソコンは、07年から使ってる、ノートパソコン2台で、ハードディスクが60ギガと10ギガ。ここにきて、すぐ赤くなる。
もう入らないよーって悲鳴を上げる。
今日も写真を入れたら、もう入らないよーって言われた。

そんで、一生懸命アンインストール、削除、削除!

1年の作った書類も写真も、年末にまとめてCD-ROMに焼いとくべきだと強く思いました。

パソコンって寿命があるらしい。

先輩の話によると、だいたい、4回生の卒業論文でひーっとなってる時、プツンと止まってしまうのだそうな。

酷使するから、余計。しかも、論文のデータなくなるとか、泣いてしまう。

そんなん無理!!前は、へー位にしか思わなかったけど、いざ自分が4回生になってみるとかなり深刻な問題。

2日前くらいに、わがパソコンも、電源切ってくれなくなってしまい…
もちろん、立ち上げても真っ黒で、私の頭は真っ白でした。

なんとか、強制終了したら、立ち直ってくれた。

データ全部なくなったかと思ってひやひやしたね。

もうちょっとパソコンさん、慈しんであげようと思いました。


狩猟免許とりたい

2011年1月8日(土)

研究室のOB・OGの皆さんと、新年会をしました。

今帰ってきたところです。

2年前に退官された、先生も交えての会は、それはそれは賑やかく、楽しいものでした。

私は、研究室に去年から配属になったので、先生とは入れちがいでしたが、授業+αくらいの接点しかありませんでした。

真面目に、受けてなかった申し訳なさも手伝って、あんまり、絡めてなかったのですが、

今日、先生のとなりで、わきあいあいと話せて大変うれしかったです。

その先生、60過ぎてなお、人生を考えているそうで、自分で味噌作ったり、干物つくったりしてるそうです。

現役当時は、バームクーヘン焼いてみたり、ダッチオーブンでなんか作って学生にふるまってくださったりと、そんな先生で、登山やスキーがお好きで、研究室でいってたから、先輩たちとの会話もそれはそれは弾んでいました。

そんな、先生、去年から、狩猟免許をとりだしたのだそうです。

鹿肉を森林総研につとめてる先輩に持ってったというところから話が始まりました。

なにを隠そう、私も実は、罠で鹿をとってみたい人。

いつだったか、京都の30位の男の人で「僕は猟師になった」って本を書いた人がいるんだけど、その人の雑誌の特集を読んで、「ああ、いいな」って思ったのを思い出したんですね。

先生にどうやったら免許取れるか教えてもらって、一緒にとりに行こうとまで、約束しちゃいました。

先生も、「僕は猟師になった」を読んだんだそうで。
殺す時のなまなましい描写は、まわりの人をひきこんでいました。
のたうちまわって、毛皮が血に濡れる。
「肉を食べる」そんな日常にとけこんだ行為が成り立つためには、そんな非日常みたいな命のやりとりがあるんですよね。
でも、ほんとは非日常にしちゃいけないと思います。
ちゃんと、食べるからには、それがどういう風に「肉」になってくか、知っとかないといけない。

いまから先生と猟に行くのが楽しみです。
今年の冬か?

なれそめ

2011年1月7日(金)

真南条はいいところだ。
はじめて行ったのは2009年の夏。
学校の授業の一環で、2泊3日の農家体験だった。
とってもよくしてもらった。
申し訳ないくらいに。
第二のお母さんができたくらいに思った。


それと同時に、農村の元気のなさを肌で感じた。
口にのぼるのは
「もう年だから」
「若いっていいね~」
「とてもじゃないけど~できない」
「このままここは~」
「どうせ~なのよ」
こんなマイナスな言葉で、しかもそれが当然になってて、変える必要性も感じてないから、変わろうともおもってない。
何か、おかしい、もっとこうなったらいい、きっとみんな思ってるはずなのに、それにふたをする。楽だし。


帰ってきてからもらった分を返したくなった。こうした状況に風穴をあけてやりたいって思った。
どう返そうか、考えに考えて、「そうだ、私には里山って興味とやる気がある。学生集めてなんかしたれ!」
そっからは勢いだった。
まず、知り合いの神戸大学のボランティア支援室に声をかけて。
農学部の地域連携センターに声をかけて。
夜なのに電話したり、部屋に押し掛けて、話聞いてもらったり。
お世話になった。
次に、知り合いの組合長と自治会長に話を持って行って(もしかしたらこっちが先だったかも)、
渋い顔。「お金がないとね・・」
それならばって、助成金とったった。
うちのやる気を見て、福自治会長のやすおさんが、車で駅まで迎えに来てくれたり、篠山案内や、
市役所の林業課?の知り合いに聞いて、他に篠山整備してるとこ、連れてってくれたりした。
あれは、かなりインスピレーションわいたね。
山の中の、そこだけ昔の生活を切り取ったような、素敵なとこだった。
道端で、軽トラのったおじちゃんと、やすおさんが話しこんでた。

帰りの車の中で、農業の6次産業化の話で盛り上がって。

9月の初活動日にむけて、勉強会したいと思う。里山って何って正直、自分もうまく説明できんし。ってことはわかってないってことだし。
講師に兵庫県の里山整備のマニュアルに影響を与えた、県立人と自然の博物館の館長さんである、服部先生のところにアポ取って単身乗り込む。
うちの先生(森林資源学)も、一筆送ってくれた。
マニュアルがさっともらって。

ついでに、「こうこうこういう里山関係の講座あるからこない?」って誘ってもらって、ちょうど空いてた3日後にくっついてく。
そこは、「残された生きた里山」とでもいおうか、黒川なんだけど、お茶用の高級菊炭の生産者さんが現役でおって、実際に循環した木の利用が見れるんだ。あっちは伐ったばっかりで、草地で、こっちはひこばえが大きくなって、もうすぐ剪定が必要なころで、あちらは選定がすんでおっきくなるところ、こちらはもうすぐ収穫期のいい大きさってな具合に パッチワーク状の、景観ができている。

話には聞いてたけど、やっぱり目で見ると違う。
生産者さんの話を聞くと違う。
そこに、先生のお話が入るとさらに納得。

いい勉強させてもらった。

こうして迎えた、9月、新歓イベント。いろいろ不手際はあったものの、なんとかなる。

帰るみんなを見送って、私は、ボランティア支援室のフジムロさんを巻き込んで、自治会の集まりへ。と言いたいところだけど、資料作ってなかったから(やっとけよ)、篠山フィールドステーションにアポなしで転がりこんで、パソコンと印刷機を貸してもらう。(近藤さん、ごめんなさい)
ぎりぎりできたそれをもって、公民館へ帰る。
前には自治会長はじめ、3人の役員。こちらには、3列に並んで、組長さんが各列ごと10人くらい。
全部で30人くらい相手に、うちらの活動認めてもらうべく、プレゼン。最初が肝心。
「私聞いてない!」を作らないためにも、通すところは通しておかないと、あとあと響く。

チンドン屋のあの子で通るネームバリューは特別で、自己紹介にそこに触れれば、緊張した会場が笑いに満ちる。
そうすると、私も緊張とけるから、なんとかすんなりいった。

しばらくは遠目に見られることは覚悟の上。
今年はなんとか、目に見える成果を出さないといけない。
「こいつらやるって言ったこと、ちゃんとやりおるじゃん。」
こんな風に、4月に思ってもらえたらしめたもの。(4月が道の完成予定なんです)
この後の学生が「あんなんやりたい、こんなんやりたい」がきっと通りやすくなる。
「あいつらなら任せてもいっか」そう思ってもらえる、よそ者を目指してます。

2009年の夏、空は青かったけど、真南条に満ちた空気は灰色だった。
重く立ち込めた感じの。
そのキャンパスに、学生の色をぶちまけたい。筆に原色つけてふりつける。ちった点は、じんわり広がって、そこにいる人の心の中に入るだろう。今はまだ、私の色、一色がぽつっとあるだけだけど、これから先、他の学生が自分の色を重なる、重ならない関係なく、またぶちまけたらいいんだ。そうやっていろんな色が増えってって、点は面へ、面と面へとなって、灰色のキャンパスがきづけば虹色になったらいい。
色を出すのは学生だけじゃなくて、住民の人ももちろん。むしろ住民の方が主役なんだから、住民の方の色でいっぱいになった時、私たちの活動は終わるんだ。

この場合、色ってのは、やりたいこと、プロジェクトって置き換えてくれていい。

私のプロジェクトは「里山再生を通した、人をつなげること」だけど、
それは私がやりたかったからできたのであり、私がしていくのであり、
子どもが好きな人は小学校巻き込んで「里山で遊ぼう」ってしてもいいんだし、
虫が好きな人は「ホタルの再生」やってもいいんだし、
動くのやだぜ、でも年配の人と話したいぜって人は公民館借りて「月1のお茶会」していいんだし、
いやいや、野菜うって農家さん儲けさせたいって人は都会で「ファーマーズマーケット」したらいい。
自分が住むための「古民家再生」したっていいし、
地域だって、真南条に限らなくていい。そのための「ささやま」ファン倶楽部だし。あなたの思い入れのあるとこ、人脈のあるとこに広げてくれたら万々歳だ。

こんないろんな色、いろんな学生、いろんな住民の方の気持ち・想いが集まっていい方に向かって行ったらいい。

それが私のやりたいこと。



足代をどう稼ぐか?

2011年1月6日(木)

ささやまファン倶楽部を継続させるための一番の課題、それは、「足代をどう確保するか」だ。

人集め、車の確保ももちろんそうなんだけど、これが一番厄介。

今年に関しては、篠山市から「ふるさとに帰ろう住もう運動の助成金」を使わせていただいている。

講師代や、施設使用料は出しやすいんだけど、交通費や、燃料代が入ってない。

でも、私たちの活動の性格上、まず行ったり来たりが一番お金がかかる。

舞鶴自動車道が無料になってるのはありがたいけど、それでも1台レンタカーしたらどんなに安くても1回の活動で8000円はかかる。

6人参加して、今は500円づつもらってるけど、はっきり言って赤だ。

実際は、レンタカーじゃなくて、社会人の方に車を出してもらったり、下手したらご厚意でガス代、交通費も持てもらったりしてるから、そこまでは赤ではないけれど、将来的には1人の人が「行けばいくほどお金がかかる」っていう状態をなくしていきたい。

行く人ほど、得、くらいがいいと思うんだ。

助成金はしばりがあるから、ずっとそれに頼るのはよくない。


独自会計でトントンにしていきたい。

昨年の、厳夜祭での枝豆の販売は、こうした思いもあったから踏み込んだ。

篠山の美味しいものを紹介できて、自分たちの活動もアピールできて、お金も稼げて1石3鳥を狙ってたわけ。

結果的には、打ち合わせの段階で、昨年からやってた「まだお」の店長さんに、「そんなに稼げないよ」って言われて、(実際そうだった)活動が始まって初期だったこともあり、「メンバー同士が同じ目標に向かって協力して仲良くなれたらOK」くらいの目標になった。

この目標はばっちり達成されたね。「売り上げは打ち上げ代に回す」ってのも打ち合わせ段階から決めてたことだけど、打ち上げに参加したみんなは「楽しかった」「また、来年もしたい」って口々に言ってくれたもん。ばっちり。ねらい通り。
こういう楽しかった経験とか、成功体験の積み重ねが、学生を成長させるし、ささやまファン倶楽部の活動にもいい影響を与えると思うんだ。

厳夜祭は「足代稼ぐ」手段として使えるかは判らないけど、すごくよかった。

他にも、足代稼ぐ方法を考え中だ。

年、12万行く方向で。組み合わせOK。書くだけ書いてみよう!

① タケノコを篠山で採ってきて、生協とコラボしてタケノコご飯販売する

⇒竹は遠目で見てもすごい繁茂してて、山を侵食してく。農家の人が農具用とかに自宅の裏山に植えてるんだけど、もう竹とかそんな使わないからほったらなしなんだよね。でも、農村の人はきれい好きというか、人目を気にして、基本的には自分の土地は畑の畔まできれいにしてたいはずなんだ。一番、竹伐らないわけは、「めんどうだから」「(体力的に)大変だから」じゃないかな。そこで、学生の出番。10月~12月にかけて(竹伐るのに一番いい時期)、うちらが伐る。その代わり、春先にタケノコ収穫させてってお願い。労働力とタケノコの交代だね。で、そのタケノコは、都市に持って帰って、そのまま売れたら楽なんだけど、学生は調理あんましないから、生協でタケノコご飯。実際作って見て、コストとか考えないとどのくらいお金になるかわかんないけど、タケノコの相場調べたらキロ600~1000円だったから、仮に100キロとったら、6万~10万。5か所引き受けて、1か所につき20個くらいもらったら、結構いけるんじゃね?って計算。
今度、1月に真南条のお祭りがあるから、竹林提供してくれる人、そこで募って見ようかな。
切った後の竹の処分がネック。かさばるからな。一旦葉っぱ付いたまま転がして乾燥させてもらって(この土地を竹林近くに確保しないといけない)、竹パウダーにして土壌改良材にでもしますかね。運ぶ時は、地元の人に協力お願いして軽トラ出してもらおう。あれ、ミッションだから、オートマ免許の私には動かせないんだよね。
けっこう面白い案だと思うんだけどなぁ。どうだろう?

② 農産物仕入れてきて、都市部で販売

⇒水道筋で、神戸大学の農学部もかんでる、ファーマーズマーケットを隔月開催してるんだよね。それにあわせて、野菜買うか、キズものもらってきて、売る!できたら、農家さんの収入になればいい。そして、売り上げは自分たちの収入にしたい。問題は、仕入れの時期がうまく開催日にかぶらないこと。逆に、開催日にあわせて行ったらいいだけの話だけど。その野菜、育てた人に、どうやって作ったか、どう食べたらおいしいか聞いてきてさ、それを今度は買う人に伝えてあげるんだ。そんなんしたら、面白いと思うんだよね。もろ、都市と農村をつなぐってかんじでさ。
ただ、一回お手伝いで売りに行った感じでは、よっぽどうまくやらないと売れない。そこの商店街にはすでに八百屋さんもあって、商売の邪魔になるし。その時は、有機野菜で差を付けて売ってたけど。お客さんの反応いまいちだったな。しかも篠山の野菜で有機ってよっぽど頑張って探すか、それが売れるって証明して作ってもらうかしないといけないから難しいな。実は私はあんまり乗り気でないから、やりたい人がいたら手伝います。

③ 農産物仕入れてきて、月1回「ささやま夕食会(仮)」

⇒ 篠山の農産物仕入れてきて、次の日(第4月曜日)に、それを使った夕食会。で、前の日の活動報告しつつ、ミーティングしつつ、お酒のんで、割り勘よりなんぼか多くもらう!笑 
どうも、うちのサークルは集まりが持ててないから、こういうとこで、あんま行けてない組みと行ってる組の温度差なり、遠慮なりを埋めたいんだよね。
ほんとは、ミーティングしないで外向けにするのも考えた。例えば大学教授とかターゲットに絞って、いいもの出せたら、1000円とか2000円とか出してもらえるんじゃなかろうか?これはちょっと、需要があるか調査必要だけど。
私は料理きらいだから、その辺は料理好きの農学部4回のNさんや、「まだお」料理長のI君を巻き込んじゃう。
実現したらおもしろいだろうな~。

なんか他にも考えてたんだけど、忘れちゃった。長くなったし、この辺で。また、思い出したら書きます。


学生が農村に関わる意味

2011年1月4日(火)

そもそも大学生ってなんなんだと考えたところから始まる話。

自分は子どもでもないし、大人でもないと思う。

久しぶりに会った高校時代の友人は「社会へのモラトリアム」と言った。

私は大学は「社会に出るまでの準備期間」と呼びたい。

高卒で仕事についている人には頭が下がる。

私は大学に来るまで、社会の広さ、自分の小ささなんて知らなかった。

知ったら知ったで、怖くて身動きできなかった。

高卒で働く人は、早くから社会に出て、もまれて。

純粋にすごいと思うして尊敬する。

でも、高卒の人にとって「高卒であること」は「恥ずかしいこと」らしい。

今でこそ「大学全入時代(金さえあれば、選ばなければ)」だが、高齢の人は高卒が圧倒的に多い。

農村も高齢の人が多いから、自然、「神戸大学」といういわゆるブランド大学、勉強できるイメージの大学らしいその名前をいうたびに、返ってくる言葉がある。

「いいわねー」
「私は高卒だから」

「いいわねー」と羨ましがられるような環境におかせてもらえる時代や、親の懐具合には感謝している。感謝し足りないと思う。


「私は高卒だから」はどうか?それに付随するのが大抵眉をよせたような困った、恥ずかしいよううな顔で。
何か私が知っていて向こうが知らないことがあった後には高確率で出てくる。

そんな恥ずかしがる必要なんて、さらさらないと思う。

農村の人は私が知らなくて、むこうが知っていることたくさん持っているのだから。
どうも、本人たちは気づいていないのだ。


この間の定例活動のこと。

かくおさんは村のやり手の人だ。

私達にもよくしゃべってくれるし、農村・山仕事も手慣れたもの。

「ヒサカキのことをこのあたりではシャシャンボって言う」
と教えてくれたのもかくおさんだった。

なたの使い方一つ、のこの使い方一つとっても、私たちが往生していると、助け船を出してくれる。

そして、「大学じゃこんなこと教えてくれないだろ。こうやって外に来て体動かしながら覚えるのも悪くないだろ」とにこやかに、ちょっと誇らしげに言ってくれる。

この発言は2つの意味で私を喜ばせた。
ちょっと飛び上がりたくなる位に。

1つ、学生が大学外で、体を使って覚える実学が大事だと思っていたから。
それを、かくおさんが見事に言葉にしてくれた。
農学部の学生と言っても、農業は素人で、ましてや農村でおこってることなんて、農村に行ってみないとわからないし、1つとして同じ農村なんてありはしない。そんなんを、ささやまファン倶楽部を通して、学生が感じてくれたらいい。「農業は農家に聞け、稲の成長は稲に聞け」うる覚えだが、東京大学の初代学長も、実学の大事さをこのように語っている。それこそ、私がいうところの「社会への準備期間」だ。

2つ、かくおさんの誇らしい顔。
先にもふれたように、基本的に農村の人は自信がない。
それが学問のせいか、他にも原因があるとも思うけれど、兎に角、自信がない状況は何をするにもよろしくないと私は思う。
地域活性化とかよく聞くし、私もしたいと思うけど、まずは何はともあれ、自分を認められる、自分の地域を誇れる、自分の地域が好きで、もっとこうしたいとかそういう感情を持ってることが大事だと思う。
学生が教えられる側にまわることで(そもそも、学生から人生経験ある住民の方に教えられることなんかそうそうない)住民の人がこうした自信を取り戻してくれたらいいと思う。
「おまえら、そんなこともしらないのか!」、そうやってびっくりさせたい。
言外に神戸大学生なのにって臭いを漂わせてたらしてやったり。
そして、こう答えるのだ。え、それってどういうことですか?教えてください。○○さんはすごいですね。と。
別に嫌みでなく、本当にそう思うのだ。

そして、そのちょっとしたやりとりが、地域に自信を取り戻すきっかけになってくれたらいい。
そんな学生でいたいし、そんな学生をささやまファン倶楽部から出していきたい。

小学生の女子トークから思うこと

2011年1月3日(月)   

今日は、長野の実家にいとこが遊びにきました。

いとこはみんな年下で、3姉妹。

下から、4歳?、小4、小6です。

対するうちは、私(大学4回生:神戸)と弟(大学3年生:東京)の歳後の姉弟。

もうじき、お年玉あげる側になる身ですが、今のところ遊び相手のお姉ちゃんとお兄ちゃんで通ります。


この、3姉妹を私なりに観察して思ったことを書こうと思います。


女の子ってことで、弟が入って来れない女子トークより以下抜粋。

「6年生は荒れてんだよね~」
「○○先生はたらこ唇だから、男子が♪たらこ~たらこ~♪って歌ってからかう」
「うちのクラスは外から見たら仲いいって思われてるけど、中から見たらドロドロ」
「悪口大会になる。悪口言うとスカッとするんだよね~」
「(女子の)仲良し組みが(クラス内に)2つあって、卒業旅行の時に隣りの部屋にトランプを借りにいったら、
ある人が行った時は貸してくれなくて、違う人が行ったら貸してくれた。それで、怒って、なにそれ~っていって、
結局返しに行ったら、くいってとられて、また、なにそれ~ってなった」
「漫画とか、ゲームとか持ってくる子がいるけど、見て見ぬふりしてる。その子のお母さんはチャラいんだよね。
おうちではいい子のキャラを演じてるんだけど、学校じゃひどいよ。」



小4と小6の彼女らの話から思ったことは、いつの時代も一緒だな、ということ。
私のころも、女子での仲良しグループやいざこざが絶えなかったし、交換日記は悪口やいじめの温床だった。
今は、それがネットの世界に拡大しているそうだが、そこまでの話は出てこなかった。

それから、気づいたことは、こうした現象が低年齢化していること。
うちの親は教師だから余計にその話から思うのかもしれないが、「荒れる」なんていうのは、中学校で
使われる言葉だった。
今じゃ、「学級崩壊」は小学校でもザラで、だからこそ「荒れる」なんて言葉が、小4の彼女の口から出てくるんだと思う。

もう1つ気づいたこと。それは、よく見てるな、ということ。「漫画を持ってくる男の子」を作り出す原因を
そのお母さんにまで解釈を広げて考えている。
これなら、こどもだから、と侮る人を敏感に察知するだろう。あるいは、それに付け込んだりできる技術を持っているのかもしれない。

それから危惧したことが一点。「悪口言うとスカッとするんだよね~」と悪びれもなく言ってたこと。
「悪口」というものは、仲良しグループ内での団結を強める、麻薬みたいなもので、
使ってる時はいいけど、後になって人間関係に亀裂が入るという形の後遺症が出る。
言った言葉は必ず自分に還ってくる。だから、思ってても言わないのが、言ってもオブラートに包んで言うのが、
言ってもその場限りにして、いじめとか態度に出さないのが美徳だと思う。

会社員の人が、居酒屋で上司の悪口をいう、一昔前の情景はひとまず、棚にあげておいて、
子ども同士の「こそこそ悪口、スカっと」はいかがなものかと思う。
私が小学生の時から思ってたことだが、はっきり言って、取っ組み合いのけんかでもしたらいい。

かく言う私は、当時これが実践できなかったが。
「いじめはやめよう」言ったが最後、次はおまえだって来られるのが怖かったから。
彼女らの「悪口言ったらスカッとする」はこんな葛藤もなく、「悪口」をものすごく正当化している感じを受けた。

女子トークの最中、感じたこれらの違和感の結果「悪口はほどほどにした方がいいんじゃない」というのを
いとこに伝えたかったけれど、どうもうまく伝えきれなかった。



そんな悔しさから、改めてあの場面を振り返ってみました。



自己紹介

2011年1月2日(日)  @長野県諏訪市

2日目も続きました。
今日は、高校の友達とお昼ご飯を食べながら、珍しく学問について語り合って楽しかったです。
某サークルにもあげた、自己紹介文をちょこっと替えただけだけど、ひとまずいってみます。

おいしい私

↑2010年10月の定例活動より。 おたのしみの焼き芋と私


①名前とあればニックネーム
関 優里香/ジェーン、みんなには関さんと呼ばれます

②学部 
農学部植物資源学科森林資源学研究室

来年からは、院生。いわゆる文転(理系から文系へ)します。社会学が気になる今日この頃。

③誕生日と星座
1988/06/28 蟹

④出身地
長野県諏訪市(VIVA御柱祭)

⑤血液型
AB型(なかなか当たらないが、ネタバレするとあ~って言われる

⑥動物占い
ライオンだった気がする

⑦自分の性格(長所・短所含め)
新しいことを思いつく、物事を深く考えるようで考えない

⑧他によく行く§や兼部してるサークルなど
神大モダン・ドンチキ(学生ちんどん屋サークル)、

神戸大学学生震災救援隊(震災を期に立ち上がったボランティアみたいな事をしているサークル)

灘チャレンジ(灘区で学生と地元の人が作るお祭り)

復興支援佐用町竹炭祭り実行委員会
(水害の被害があった、佐用町で、根本原因の1つ山の整備不足を解消するために、特産の竹炭を全面に押し出したお祭り)

灘地域活動センター:通称N.A.C.なっく
(復興住宅の集会室で、高齢の住民の方向けにコミュニティ作りを目的としたお茶会を運営)

それぞれで、貴重な体験をさせてもらいました。
それぞれで出会った人にいろいろな影響を受けました。
だからこその今の私があります。

すべてを同時に完璧にやっていた訳ではないので、この量兼部するのはお勧めしません。

⑨好きなもの(スポーツ、本、音楽、食べ物、お菓子、マンガなど)や趣味
ONEPIECE,鋼の錬金術師が好き、CWニコルさんの本に感動、里山のこれからが気になる
食べ物はプリン、特にバイト先の「パンの工房 ポエム」のプリンが好き
飲み物は日本酒。

⑩嫌いなもの、苦手なもの
ガンガンいうようなバンドの音、車の中のにおい

⑪特技
アコーディオンで懐メロ弾く 
(真南条でも2,3回弾いた。おかげで住民の方には「あのちんどん屋の子」で通る」)

⑫好きな言葉
最近は「先人木を植えて、後代その下に想う」
昔の人は、3代先のことを考えて、木を植えていた。自分の代で木が材として使えるまで大きく成長することはないけれど、孫が嫁ぐ時に桐の嫁入り道具を、家を建てるために杉を、と植えた。
孫は、ご先祖に感謝して、また後代を考えて木を植えた。
そんな思いの循環・山の利用が何十年か前までたしかにあった。

今のすぐに利益にならないと切り捨てるような風潮に見習ってほしい。

⑬自分のモットーとか座右の銘
土から離れては生きられないのよ!!!(天空の城ラピュタより、シータの台詞)、
「思い立ったら吉日」

⑭将来の夢
諏訪に帰って地域を元気にすること、社会的起業ってやつする

⑮夢とは言わないけど、やってみたいこと
里山を掃除すること(実現しました)、山から利益が出るようにする仕組みづくり

⑯今一番ほしいもの
割烹着(かっぽうぎ:田舎のおばちゃんの戦闘服。かっこいい)

⑰異性にグッとくる瞬間や仕草
下の名前で呼ばれる

⑱私のこだわり
サンダルより下駄

⑲私意外と○○なんです
なまけもの
(木にぶら下がって食っちゃ寝していたい)

⑳お疲れ様です!最後にみんなにメッセージを!!
これからは、農村の時代だ!!
いざ、農村へ。

決意表明&日記趣旨

2011年1月1日(土)

あけましておめでとうございます。

ささやまファン倶楽部、2010年度事務局長(自称)の関です。
事務局長が何しているかというと、呼びかけたり、人集めたり、車手配したり、地元の人と交渉したり、
まあ、雑多に運営に関わることをすべてしています。


過去の記事を書いてたのも私です。

農学部4回生のジェーンって言ったら私のことです。

そしてそんな私は、人に思ってることを伝えるのがニガテです。

なので、今年の目標の一つに「思ってることを言葉にして伝える」というのを掲げました。

ちゃんと言葉にして伝えられないのはもどかしいし、とっても悔しい。

それをこの「事務局長日記」で晴らしていけないかな、と思ったわけです。

せっかくなら人に読んでほしいしね。

~~~~~~~~~~~~~~ここから趣旨文~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○ こんな人に読んで欲しい ○

・ささやまファン倶楽部に興味を持ってくれた人

・これからささやまファン倶楽部に入ってもいいかなって人

・なんかよくわからんけど、地域に関わろうとしてる大学生がどんなこと考えてやってるか、知ってやってもいいよって人

○ こんなこと書きます ○

・里山に関する思い出や豆知識、主義主張

・先人の知恵で感動したこと

・新聞記事やおもしろかった本の紹介

○ 読んだらどうなる?! ○
 事務局長がこんな奴かってわかる、はず。
景品とかはでません。あしからず。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そんな感じで、ゆるーい決意表明と趣旨文でした。
あとは「日記」というからには、続けて行動で示すだけですね。
明日は何を書こうかな~
プロフィール

sasayamafc

Author:sasayamafc
兵庫県篠山市の農村に継続して関わる学生サークルです。神戸大学農学部の農業・農村プロジェクト演習をきっかけに、農村の疲弊感や高齢化の現実を肌で感じ、なんとかしたい、篠山を盛り上げていこう!と学生有志で結成。主な活動内容は、篠山市真南条上集落の由利山の整備。5年後の桜の名所を目指して、回遊路を設置中。その他、農村の負担にならない、都市農村交流の在り方を模索中。2010年9月、結成。ML登録メンバーは農学部生を中心に約20名(2011年6月現在)。

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